町の魚屋の成功戦略
20代の若者が集まる
出水田鮮魚

鹿屋市にある魚屋の出水田鮮魚(いずみだせんぎょ)には、新鮮な旬の地魚をはじめ、贈り物やお土産に人気の干物や惣菜などの加工品が並びます。出水田鮮魚は、自転車で魚を売り歩いていた祖父の代から始まり、今では3代目が継ぐ老舗の鮮魚店です。
出水田物産として創業した会社は、時代の波に翻弄されつつも業績回復を遂げ、令和6年10月に「株式会社サカナカケル」として商号変更し、代表取締役に3代目の出水田一生さんが就任しました。
先代の経営が苦しかった時期に、新商品の開発やオンラインショップの展開、会計業務のデジタル化を通じて出水田鮮魚を成長させてきた一生さんに、魚屋としてのやりがいや地域活性化への取組について伺いました。

  1. 目次
  2. 干物が切り開いたEC展開とギフト市場
  3. 働きやすさとデジタル化で鮮魚店を変革する取り組み
  4. 魚の魅力を語り継ぐ 旬の魚とお客様の絆を深める取り組み
  5. 体験型観光で魚文化を未来へ—出水田鮮魚の挑戦
  6. 未来を担う若者へ—高等学校での魚食教育の取り組みと食堂のオープン
  7. 町の魚屋を次世代へ—出水田鮮魚が守る伝統と地域活性化への挑戦

干物が切り開いた
EC展開とギフト市場

サカナ×EC

「新鮮な魚は仕入れたその日にしか売れません。そこで、日持ちする商品を作りたくて、干物の開発に取り組みました。高級魚のアマダイで作った干物は、店舗販売だけでなく自社サイトでのEC販売やふるさと納税などでも取り扱われ、東京のデパートでも販売されるようになり、非常に助かっています」
インターネットでは生鮮魚の販売が難しいことを考慮した一生さんは、商品開発のために鹿児島県の水産技術開発センターやセミナーで加工品について学びました。そして、倉庫で眠っていた干物の乾燥機を見つけ掃除して使えるようにし、試運転を始めました。
「さまざまな魚で試作し、塩分濃度や乾燥時間を調整することで、現在の干物が完成しました。卸業を中心に展開していた頃は、魚が買えるお店なのかがわかりにくかった店でしたが、この干物のおかげで「出水田鮮魚といえば干物」というイメージが定着しました。小売や卸だけではなく、EC販売との組み合わせが売上に大きく貢献しています」

働きやすさとデジタル化で
鮮魚店を
変革する取り組み

サカナ×働き方

出水田鮮魚は、社員やアルバイトが20代~30代の若い世代で構成され、特に女性が多く活躍しています。

どのように社員を採用・教育しているのか?
一生さんに聞いてみました。

「先代の頃は、病院や学校への魚の卸販売が売上の大部分を占めており、社員は両親とベテラン職人のみで,父も母も休む暇なく働いていました。しかし、魚の獲れる量が減少し、魚の値段が上昇する中で、生鮮魚のみを大量に扱うビジネスモデルでは、従業員の負担が非常に大きく、利益を上げるのが難しい状況でした。

これまで会社のルールや評価制度がなかったため、従業員が辞める原因を減らすために整備を進めました。また,最初のころは経験者を雇っていましたが、店のやり方や数字の管理方法に合わないことが原因でトラブルが発生することもありました。

そこで、経験者を雇うのではなく、未経験の若手を育てる方針に切り替えたのです。もちろん魚屋は未経験でしたが、20代の女性を雇用して教育し、仕入れた魚を捌けるようになるまで成長しました。」
一生さんは、やる気があり、素直な人材が最も大切だと言います。
「最初は何もできなかった社員も、1年半かけて、少しずつ学び、魚の捌き方から市場での買い付けまでこなせるようになりました。市場でも周りの人に可愛がってもらえ、成長を見守られています。魚が好きな若者は思った以上に多いと思います。釣りが好きな人もいれば、他の業界から転職してきた人もいます。保健師や介護士、パティシエから転職した従業員もおり、WebサイトやInstagramでの発信を通じて、職人気質なイメージの魚屋で働くハードルが下がりつつあると感じています。」

実際に、出水田鮮魚のWebサイトを見て「ここで働きたい」と言ってくれた18歳の女の子がいたそうです。
「彼女は最初、小売スペースを担当していましたが、実際に魚を捌く作業では、手が臭くなったりウロコがついたりするので、最初は展示会に同行したり、Instagramの運用をしたり、徐々に慣れるように配慮しながら仕事に取り組んでもらいました。いきなり骨抜きを任せるとすぐに辞めてしまうかもしれなくて(笑)、少しずつ慣れてもらうようにしています」
今やどんな業種でも運用が必須とされているInstagramアカウントを開設してくれたのも彼女だったそうです。

魚の魅力を語り継ぐ
旬の魚とお客様の絆を
深める取り組み

サカナ×コミュニケーション

出水田鮮魚では、以前は一般のお客様が直接魚を買いに来ることはありませんでした。しかし、一生さんは「町の魚屋」としてお客さんと会話をしながら鮮魚を販売することも重要だと考えました。

そこで、ガレージを改装して小売コーナーを設けたところ、地元のお客様が魚を買いに来てくれるようになりました。対面販売を行うことで、旬の魚をおすすめして、調理方法をアドバイスすることができ、コミュニケーションを深める場にもなっています。

お客様とのやりとりを、一生さんは楽しそうに話してくれました
「例えば、ヘダイという魚は、産地以外ではあまり販売していないのですが、大隅半島でよく獲れ、味が抜群に美味しい魚です。スーパーで魚を買ったり飲食店で魚料理を食べたりしても、あまり詳しい説明を受けることは少ないと思いますが、こういった魚の話をお客様に伝えることで、魚の価値がさらに高まるのではないかと思っています。

あるお客様がヘダイの美味しさを知り、その後寿司屋で「ヘダイはありますか?」と尋ね、店主に出してもらったという話を聞きました。その方が「この時期のヘダイ、食べたことある?」と友人に話すようになり、魚について語れることを喜んでくれたのです(笑)。
魚には多くの種類があり、また旬もあるので、説明があるとさらに興味深いものになります。これも一つの目的です。「今日のサバはいいですよ」とか、「味噌煮にすると美味しいですよ」「3枚におろして骨を抜きましょうか?」といったアドバイスが、大型店との差別化につながります。また、スーパーには並ばない珍しい魚も積極的に仕入れて販売しています。
魚の旬や脂の乗り具合、レアな魚種など、肉にはない魚の魅力があります。しかし、魚の価格や量は安定せず、魚の大きさも日によって異なるため、扱いは難しいところです。
私が子どもの頃は、お父さんだけが刺身を食べているのを見て羨ましく感じていました。昔はお母さんやおばあちゃんが家で魚を捌くこともよくありましたが、今ではそういった風景はほとんど見られません。
月に一度、親戚が集まると刺身が振る舞われていましたが、今では揚げ物中心のオードブルや、買ってきた料理を食べることが増え、そもそも家族や親戚が集まる機会自体も少なくなってしまいました。
ライフスタイルの変化により、人々の交流が減少したことが、魚食の減少にも少なからず関係しているのではないかと思います。」

体験型観光で魚文化を未来へ
出水田鮮魚の挑戦

サカナ×体験

出水田鮮魚では、魚市場目利き体験やセリ見学、魚捌き体験をツアー化しました。買う、捌く、食べるという一連の体験ができ、団体のお客様や海外からのお客様にも非常に喜んでいただけているようです。

なぜ魚屋さんが体験ツアーを始めたのでしょうか?
一生さんに新たな挑戦について語っていただきました。

「これまで魚の販売に専念してきましたが、魚の仕入れに依存しないビジネスを展開したいと考え、目利きや調理のスキルといったノウハウを活かして体験型の事業を始めました。家族で参加していただくことで、子どもたちが魚に興味を持ち、将来的に魚を食べる習慣がつけば、若いお母さんたちも家で魚料理を提供しやすくなると思います。時間はかかりますが、こうした取り組みが「魚慣れ」を促進し、魚食文化の維持に繋がるのではないかと考えています。」
「魚特有の匂いや、キッチンが汚れるという懸念はありますが、実際に体験してもらうと、その不安が軽減され、魚への興味を持ってもらえます。特に揚げたての魚を食べると、子どもたちも「美味しい!」と喜んでくれることが多いです。子どもが魚を食べてくれないと、今後ますます魚は売れなくなるでしょう。」
魚を食べる子どもが減っていく中で、家庭で魚を食べたいという意欲が高まれば、丸ごと1匹を買って料理するという体験も広がるはず。興味を持ってもらい、一度の体験で終わることなく、次に「サバを捌いてみたらタイもやってみたい」「ちょっと難しいヒラメにも挑戦したい」といった風に次々とチャレンジが続くことを一生さんは考えています。

未来を担う若者へ
高等学校での
魚食教育の取り組みと
食堂のオープン

サカナ×教育

一生さんは、鹿屋女子高等学校の生活科学科と情報ビジネス科の生徒たちに向けて、魚を使った商品開発の授業を担当しています。生徒たちが開発した商品は、観光地やイベントで実際に販売されています。以前、エビカツバーガーを作り、鮮魚店で販売したこともあります。

本業が多忙な中、学生教育に力を注ぐことについて聞いてみました。
「学生のうちに魚料理に慣れてもらい、将来一人暮らしを始めたり、家庭を持ったりした時にも、魚屋さんやスーパーで魚を買って調理し、地元のおいしい魚を食べてほしいという思いがあります。また、地魚を食べるために、将来的には地元に戻ってくるきっかけにしてほしいとも願っています。女子校には約600人の生徒がいますが、全員に響かなくても、1人でも2人でもこの経験をきっかけにして、若い人たちが地元に戻ってきてくれたら嬉しいです。」
一生さんは、魚のおいしさや魅力を伝えるために食堂もオープンしました。

「地元で魚を売るだけでは、魚のおいしい食べ方や魅力が伝えきれないと考え、2022年4月に新鮮で質の高い魚をを提供する「出水田食堂」を鹿児島市内にオープンしました。鹿屋市の5倍以上の人口を持つ鹿児島市で、現地でスタッフを雇用し、鮮魚店が仕入れた新鮮な魚を美味しく提供することで、飲食事業としての売上も安定しています。特に、1,000円以上しますが大ぶりで身の多いアジフライ定食が人気で、たくさんのお客様に食べに来ていただいています。鹿屋市ではこの価格帯での提供は難しいですが、鹿児島市では非常に好評です。」

出水田食堂では、若い世代や家庭を持つ女性が働きやすいように、定休日を設定し、ランチ営業のみにすることで長時間労働を避け、働きやすい環境が整えられています。

町の魚屋を次世代へ
出水田鮮魚が守る伝統と
地域活性化への挑戦

魚屋の可能性

出水田鮮魚と出水田食堂は、鹿屋市と鹿児島市で拠点が離れているため、コミュニケーションが課題となりました。一生さんが週に1~2回しか現地に行けないこともあり、スタッフの自律性が高すぎて問題が生じることもあったため、LINE WORKSやGoogleスプレッドシートなど、さまざまなツールを導入し、効率的な情報共有を行っています。

出水田鮮魚では、デジタル化や働き方改革の成功が評価され、総務大臣賞を受賞しました。鹿児島県が支援するDXセミナーの講師としても招かれ、また広島、静岡、和歌山など県外でも講演をしています。
最後に、今後の取組について、一生さんに伺いました。
「今は干物の製造やオンライン販売も私自身が本業の片手間で行っています。
私が東京に出張している間は製造や発送ができないため、専門のスタッフを育てて、この事業をさらに拡大したいと考えています。また、サブスクリプション形式で、毎月違う魚料理が届けられるように、12種類ほどのメニューを開発したいと思っています。揚げるだけや電子レンジで加熱するだけの簡単な料理も含めて提供したいと考えています。肉で12種類を展開するのは難しいですが、魚は種類も多く、旬の時期もあるため可能だと思います。

私自身、両親からは「家業は継がなくていい」と言われ、福岡の大学に進学しました。魚屋をやるつもりは全くなく、魚を捌いたこともありませんでした。しかし、子どもの頃からおいしい魚を食べさせてもらっていたので、魚が好きでした。

町の魚屋は、今ではほとんどありません。数年後には鹿屋市内で営業している魚屋は、出水田鮮魚だけかもしれません。
魚屋さんだけでなく、昔ながらの「よかもん」が手に入る場として、肉屋さんや八百屋さんともコミュニケーションを楽しめる場所を提供し、地元の商店街がまた活気づくようなヒントを生み出したいと思っています。」

1980年代に全国で5万店あった鮮魚店は街中から消えていき、2020年代には1万店を切っているというデータがあります。地元のおいしい天然魚が買える場所を次世代に残すためにも、まずは地元の魚屋さんをのぞいてみてはどうでしょうか。

基本情報

施設名
(株)サカナカケル(出水田鮮魚)
住所
〒893-0015  鹿児島県鹿屋市新川町830番地
Googleマップで見る
TEL
0994-42-3510
営業時間
11:00-18:00
定休日
水・日・祝・天候不良日
ウェブサイト
https://www.izumidasengyo.com/
通販サイト
https://online.izumidasengyo.shop/
ふるさと納税
https://item.rakuten.co.jp/f462039-kanoya/2531/
SNS