内之浦の海が育てる、極上のイセエビ
漁師が守り、地域が支える「えっがね」の物語
- 目次
- 岩礁の海が育てるイセエビ
- 若手の育つまち
- 漁師自ら守る資源管理
- 資源保護のその先へ
- 活きたまま届ける品質へのこだわり
- 地域で親しまれる「えっがね」
- 未来商社そらまち
- 内之浦の魚の豊かさ
- 内之浦で味わう贅沢
- 海の恵みを未来へ
黒潮の恵みを受ける大隅半島・内之浦の海は、古くから豊かな漁場として知られています。なかでも地域を代表する海の幸がイセエビです。岩礁が多く起伏に富んだ海岸線、潮通しの良い環境、そして漁師たちの長年の経験が重なり、この地ならではの良質なイセエビが育まれてきました。
しかし、その背景には自然の恵みだけでなく、資源を守りながら漁業を続けてきた人々の努力があります。内之浦では漁業者と地域、研究機関が連携し、海の豊かさを未来へつなぐ取り組みが続けられています。
内之浦のイセエビ漁と地域の魅力について話を伺いました。
〈取材協力〉
柳川良則:内之浦漁業協同組合 組合長
志摩浩一:内之浦漁業協同組合 参事
永井宏 :株式会社きもつき 未来商社そらまち 代表取締役

岩礁の海が
育てるイセエビ
内之浦は太平洋に面し、南から黒潮が接近し暖かい海水が流れ込んでくることで豊かな漁場となっています。また、内之浦の沿岸は、魚やイセエビが定着しやすい「瀬」となっています。瀬とは海底に岩や砂が盛り上がって浅くなっている場所や岩礁帯を指し、魚が回遊して集まりやすく、潮の流れが変化しやすいという理由で好漁場とされます。これがイセエビにとっては理想的な生息場所である、岩の隙間や穴が多く、外敵から身を守りやすい環境となっています。
「岩場が多い海はイセエビにとって住みやすいんです。エサになる貝や小さな生き物も豊富で、内之浦は昔からいい漁場だと言われてきました。うちも先祖代々漁師ですけど、じいちゃん、おやじの時代からずっとイセエビ漁をやってきました。」
内之浦漁業協同組合の組合長、柳川良則さんはそう語ります。波の影響を受ける浅場から水深のある場所まで、さまざまな環境にイセエビが生息しており、浅い場所の個体は黒みが強く、深場のものは赤みが強いという違いも見られるそう。
「色は違っても、味の良さはどちらも変わりません。1匹丸々殻ごと湯がいたら、深いところのも浅いところのもしっかり赤くなります。また、岩場にいるので結構な運動量なんです。波が荒れたりしたときも、やはりそこに生息しないといけませんから。(内之浦産は)しっかり身が締まっているのが特徴ですね。美味しいですよ。」
豊かな自然条件が品質の高さにつながっているのです。

若手の育つまち
内之浦のイセエビ漁は「刺し網」と呼ばれる方法で行われます。海底付近に網を設置し、岩穴に戻ろうとするイセエビを絡め取る漁法です。自然を相手にする仕事であり、台風や海況によって漁ができない日も多いとのこと。

刺し網の漁業イメージ
内之浦では年間6〜7tのイセエビが水揚げされており、これは県内でもトップクラスだそうです。10年前には50〜60名いたイセエビ漁に従事する漁師は、現在は40名程。漁業者全体としては150名ほどで高齢化により全盛期の半分程度まで減少しています。しかしながら、地元若手の新規参入も一定数あり、漁業種によっては県外からもいらっしゃるそう。

「親が漁師じゃない人でも、この地域に来て漁師になった人がいます。自分で船を持って独立している人もいますよ。遠くは東北からも来られた方もいらっしゃいますし、若手が育っています。」
そう教えてくれるのは内之浦漁業協同組合の参事、志摩浩一さん。大隅管内で見ても内之浦の漁師さんの数は多いそうです。

漁師自ら守る
資源管理
内之浦では資源保護のためのルールが長年徹底されています。イセエビの産卵期にあたる5月から8月下旬までの禁漁期間に加え、毎月旧暦13日から17日も禁漁とする取り組みを実施。さらに保護区を設置し、一定期間は漁を行わない海域を設けています。その意図を志摩参事が語ってくれました。
「やっぱり限られた資源なんですよ。漁師さんたちが漁場を守るために、そして生計を立てていくためには、やはりそういった取り組みをしながら資源管理を行うというのはすごく大事な事です。」
柳川組合長はこういった取り決めは、漁協の提案をもとに、随時、組合員同士で話し合って決めてきたのだと説明します。

「組合員の理解を得て、納得していただいて、将来のためにも(資源保護が)必要だということで、お互い話し合って決めてきました。保護区においては、例えば2024年には漁期開始の8月21日から10日間の期間限定で1業者1張りというルールを設定し、資源を確認することを目的とし、保護区の解禁を行いました。」
「そこでは3年間獲らないものですから、型が大きいイセエビが育っておりますよね。」
漁師たちが自ら漁場を丁寧に守ってきたからこそ、今の活況があるのだと伝わります。

資源保護のその先へ
近年は鹿児島大学との共同研究も進められています。温暖化などの影響で海藻が減少する「磯焼け」が課題となる中、人工海藻を用いた生息環境の改善実験が行われているのです。
イセエビは岩礁域に生息しますが、イセエビの子供(幼生)は孵化後に海中を漂い、その後海藻に付着。小さな生物を食べながら大きくなり、次第に岩礁域などに移動していきます。しかし、磯焼けなどで、海藻の茂る「藻場」が少なくなっているのが現状です。このままではイセエビ資源への深刻な影響が懸念されます。
「資源が減って獲れなくなったから終わりではなく、獲るためにはどうしたらいいのか、ということも考えながらやっていかないといけません」と志摩さんは力を込めます。
自然分解素材を使った人工海藻を海中に設置し、稚エビの付着率などを調査している段階だと言います。これまでに3年ほど調査を続けており、既に論文としても発表されているとのこと。
(土木学会論文集:人工海藻が稚エビ育成礁のイセエビPanulirus japonicus生息数に与える影響(PDF) )

志摩参事がイセエビの稚エビについて話してくださいました。「最初はクモみたいな形をしていて、それが浮遊しているんです。ぜんぜんイセエビの形じゃありません。」
柳川組合長はその形態を「皆さんあまり見たことないと思います。神秘的ですよ。」と語ります。
2025年7月、内之浦小学校において、調査に携わっている鹿児島大学のメンバーによる出張授業が行われました。町に縁の深いイセエビについて理解を深めることは、自分たちの暮らす町に誇りを持つ機会となったことでしょう。
「小学生でこういうのを学んで、大人になって社会に出たときに『良い勉強ができた』って言ってもらえたら良いですよね。将来に向けていいことだと思っています。」と柳川組合長は話してくださいました。
まさに「資源保護のその先」を見据えた種々の取り組みが行われています。

活きたまま届ける
品質へのこだわり
内之浦のイセエビの出荷は新鮮さが売りです。「うちはほとんど生きた状態で出荷します」と語る志摩参事。
「漁師さんは船で生かしたまま市場へ持ってきます。それを検量して、漁協の活魚水槽に入れて、仲買さんに入札してもらいます。そして仲買さんが競り落としたイセエビは生きた状態でお客さんのところまで配達されます。」
「イセエビは姿のまま提供されることも多く、見た目も重要です。だから漁師さんは取り扱いに細心の注意を払っています。傷の有無や角や足の欠損はないかなど状態を確認し、選別を徹底して行うんです。仲買さんが買い付けするのにも安心して買い付けできるような水揚げを、漁師さんが率先してやっています。」
内之浦では、イセエビはもちろん、魚の取り扱いも丁寧です。状態の良い魚は漁師さんが水揚げ後すぐに神経締めするものもあれば、生きたまま持ち帰り市場の活魚水槽に並ぶものが多いです。仲卸は生きた魚を活魚タンクに入れて運ぶこともあれば、その場で神経締めをし、鮮度を保ったまま出荷することもあります。こうした一連の丁寧な取り扱いが「内之浦産」のブランド価値を支えているのです。大手スーパーなどでも「内之浦産」の名前が印字され、「美味しい魚の産地」として周知されつつあります。

地域で親しまれる
「えっがね」
平成15(2003)年から始まった「伊勢海老祭り」。それまで特産品として注目されてこなかったイセエビを、身近に感じてもらおうと旅館・飲食店を中心とした観光協会会員らではじめたお祭りです。
高級なイメージのあるイセエビを気軽に味わえるように、また町外からの観光客により足を運んでもらう目的でスタート。4年目からはイセエビの方言を用いて「えっがね祭り」として独自性を持たせてきました。コロナ禍を経て2025年には6年ぶりに内之浦漁港で開催。大勢の人で賑わいました。
(開催レポート:6年ぶりの内之浦開催!「えっがね祭りオープニングイベント)
実行委員長をつとめた株式会社きもつき 未来商社そらまち 代表取締役の永井宏さんは内之浦漁港での開催を、次のように振り返ります。
「漁協で開催するのが、一番、お客さんが喜んでくださいますね。獲れたての魚もいっぱいいますし、目の前に海もありますし。今年は1200人ぐらい来てくださいました。」

古くから「えっがね」は縁起物とされてきました。それはイセエビの腰の曲がりから、「人間も腰が曲がっても元気よく長生きする」よう願ってのことだと、副実行委員長をつとめた柳川組合長は説明します。
えっがね祭りの会場にはサプライズのサービスも盛りだくさん。カジキマグロやサワラをお客さんの目の前でさばいて、無料で振る舞われたそうです。永井さんは当日の様子を話してくださいました。
「最初から言うと混雑するので、振る舞いは(お祭り)当日にサプライズでやりました。残ったマグロのアラやカマも、組合長とのじゃんけん大会に勝った方がもらって帰っており、盛り上がりました(笑)。」

未来商社そらまち
2025年3月に肝付町が出資してできた会社が「株式会社きもつき未来商社そらまち」(以下、「そらまち」)です。内之浦にはロケット打ち上げ施設(内之浦宇宙空間観測所)があることから、「そら」の名を冠した会社が多いそうです。
「そらまち」は、肝付町観光協会から引き継いだ観光推進事業とふるさと納税事業と地域支援事業の3本柱で運営されています。代表の永井さんは、元々役場職員。退職されて、2025年3月に代表に就任しました。

えっがね祭り以外にも2026年1月31日には「そらまち」主催で「海の幸 地産地消ツアー」が開催されました。水揚げ風景の見学に加え、内之浦湾クルーズを実施。これは秋のえっがね祭りの際にも実施された、人気のコンテンツです。海から眺めると豊かな森と海が一望でき、内之浦という土地の素晴らしさが体感できます。「やっぱりクルージングは外せません」と語る永井さん。
「海や海岸線、浜が一望できますから。そこに魅力がある、と参加された皆さんは言いますね。クルージングは目玉です。」
内之浦漁協を舞台とした、海そのものを楽しむさまざまな取り組みは、漁協や漁師さんたちだけでなく「そらまち」や行政などが一丸となって取り組むからこそ実現できています。いかに多くの観光客を呼び込むか、試行錯誤を繰り返して着実に成果を上げています。

内之浦の魚の豊かさ
内之浦は定置網漁業が盛んということもあり、イセエビだけでなく魚種の豊富さでも知られています。アジ、サバ、カマス、タイをはじめ、ブリ類、ハガツオやスマ、バショウカジキ、マグロ類など季節ごとに多様な魚が水揚げされます。
一例として、内之浦は年間300tものアジを水揚げしている、「アジのまち」でもあります。

「魚の種類が豊富なので、鹿児島大学の方でうちの市場でとれる魚だけで図鑑をつくられたんです。」と語るのは志摩参事。実際に見せていただくと、スーパーでよく見る魚から名前も知らないものまで、その種類の多さ、そして図鑑そのもののボリュームとに驚かされます。図鑑はインターネット上でも公開されています。
(図鑑:黒潮あたる鹿児島の海 内之浦漁港に水揚げされる魚たち(PDF) )
「日本全国の港を回っている方が来られたりすると、内之浦が日本でも一番、種類の多い魚が獲られる港だっておっしゃる方もいますよ」と柳川組合長も嬉しそうに語ります。
鹿児島水族館にも内之浦に水揚げされた魚が引き取られているのだそう。「珍しい魚がとれたら取りに来るんです」と、志摩参事。消費者だけでなく、研究者たちにも魅力的な漁港、それが内之浦なのです。

内之浦で味わう贅沢
イセエビは刺身、味噌汁、焼き物などさまざまな料理で楽しめます。特に半分に割って焼いて食べるバーベキューは人気が高く、産地ならではの贅沢な楽しみ方と言えるでしょう。禁漁期(5月から8月下旬)以外であれば、春と夏のえっがね祭り期間外でも食事は可能です。
現在、えっがね祭りに参加しているのは、「きらく」「瀬里奈」「旅館ふくのや/洋食ニューロケット」「活魚料理の店 網元」の4店舗。イセエビだけでなく内之浦の多様な地魚を堪能できます。
「活魚料理の店 網元」で実際に食べさせていただきました。店内には水槽に生きたイセエビが所狭しと泳いでいます。この光景を見るだけでもイセエビの産地に来たな、と実感できるほどです。
2025年12月4日、この日食べたのは朝獲れの地魚の海鮮丼(マグロ、カンパチ、カワハギ、首折れサバ)とアラ汁、そして地魚のフライ、そしてイセエビの味噌汁でした。どれも新鮮で美味。アラ汁の身の多さと、フライのふわふわ食感は想像を超えていました。中でもイセエビの味噌汁はしっかり出汁の効いたお汁に浮かぶイセエビが見た目も豪華で圧巻です。真っ赤に茹で上がった殻が輝いているよう。身も詰まっており食べ応えも十分です。

また、毎年12月の第3日曜日に内之浦漁港で開催される「ロケット朝市」も大好評です。
「朝、定置網を起こしに行って、水揚げしたばかりの魚を、漁師さんが市場で直に売るので大分安いんですよ。」
そう教えてくれるのは志摩参事です。内之浦で獲られた「朝獲れ」の魚を売る、という新鮮さに対するこだわりを柳川組合長が説明してくれました。
「内之浦の魚の取り扱いはレベルが高いと思いますよ。漁師の方々が付加価値をつけるために、丁寧に取り扱うことはもちろん、氷でしっかり冷やしこみをして持ち帰ります。さらに、良い魚は船上で神経締めをして血抜きしてから港に持ってきます。そのような処理をした魚は夕方に食べてもまるで獲れたての食感ですよ。コリコリしています。」
海の恵みを最大限生かせるよう、さまざまな工夫がされていることが見てとれます。だからこそ美味しいし、ブランド価値もついてくるのです。

海の恵みを未来へ
お話を伺っていると、内之浦の漁業が自然任せではなく、人の努力によって守られてきたことが伝わります。資源管理、研究連携、品質向上、地域の取り組み……。そのすべての積み重ねが海の豊かさにつながっているのでしょう。
柳川組合長が、内之浦の水産業では若手が育っていることを話してくれていたときのことでした。
「我々にもいい刺激になるんですよ。未来がありますよ。」
と、ごく自然におっしゃったのが印象的でした。
漁師の高齢化や後継者不足、温暖化など環境の変化による漁獲量減少など暗いニュースばかりが耳に入る昨今、内之浦ではさまざまな問題はありつつも、「未来」が明るいことを共有できているのだと思います。
豊かな森から流れ込む滋養分と黒潮のもたらす海の恵み。そこに人の手が加わり、長い年月をかけてつくりあげた内之浦ブランド。この終わりない営為はこれからも続いていきます。