ナミクダヒゲエビって知っていますか?
鹿児島の海に生きる、“世界でここだけ”のエビの話

  1. 目次
  2. そのエビの名前を、知っている人は少ない
  3. 生まれながらにして、シュノーケルを持つエビ
  4. 錦江湾という、世界でひとつの海
  5. もう一つの主役、ヒメアマエビ
  6. 海と海の幸を残す取り組み
  7. このエビを、どう食べるか

そのエビの名前を、
知っている人は少ない

「ナミクダヒゲエビ」というエビの名前を、聞いたことがある人はどのくらいいるでしょうか。真っ赤な体に、長く伸びた触角。見た目のインパクトとは裏腹に、食すれば美味。ぷりぷりした食感と甘みの刺身は甘い九州産醤油によく合います。ただ、これだけではこのエビの魅力の半分しか楽しめていません。

このエビは一見頭でっかちで可食部が少ないように見えますが、その頭こそが実は食べて欲しい部位。焼いて殻ごと食べると香ばしいエビの味が口の中に広がります。パリパリの歩脚を食べ、最後に甘みのある筋肉部分を食べるとこのエビの魅力全てを楽しめます。ですが、一般の魚売り場や飲食店で見かけることはほとんどありません。

鹿屋市の榮樂寿司などで食べることができたり、垂水市の道の駅などで購入することはできますが、大隅半島の魚売り場や飲食店でも、まだまだ出会える機会は限られています。

実はこのエビ、世界でも鹿児島の錦江湾でしか「漁業」として成立していない、超レアなエビ。少なくとも江戸時代から行われてきた、伝統ある「トントコ網漁」で漁獲されます。このナミクダヒゲエビ、長いあいだ名前も知られず、その価値も語られてきませんでした。

このエビの存在に30年にわたって光を当ててきたのが、鹿児島大学の大富 潤教授です。

鹿児島の水産資源の「もったいない」をなくすべく奮闘してこられました。幼稚園児から社会人まで世代を超えた食育に取り組むなど、その活動は多岐にわたります。


提供:鹿児島大学水産学部 大富 潤 教授

生まれながらにして、
シュノーケルを持つエビ

「私が初めてナミクダヒゲエビを見たのは、鹿児島に赴任してすぐのことでした」

それは、大富教授が大学院生とともに初めて漁船に乗せてもらった日のことでした。

「そのとき網に入っていた、真っ赤できれいなエビが、ナミクダヒゲエビでした。存在すら知らなかった。でも、食べたら美味しかったんです」

ナミクダヒゲエビの刺身
提供:鹿児島大学水産学部 大富 潤 教授

お刺身やお寿司はもちろん、天麩羅、塩焼きにしても抜群においしい。強い旨みとぷりぷりした食感のナミクダヒゲエビ。

当時、漁師たちは「アカエビ」や「ダッマエビ」と呼んでおり、どんな生態かはもちろん、ナミクダヒゲエビという名前すらも誰も知りませんでした。

ナミクダヒゲエビ最大の特徴は、その第一触角にあります。ストローのように細長く伸びたその器官は、深海で生きるための重要な役割を担っているのです。

「あれは、海底に潜ったまま呼吸するためにも使われます」
「いわば、生まれながらにしてシュノーケルを持ったエビですね」

大富教授は、このエビをこう表現します。

深海は、光も少なく、水圧も高い過酷な環境です。ナミクダヒゲエビは、海底に身を潜めながら、効率よく海水を取り込み、呼吸するためにこの形へと進化していきました。

その体色もまた、意味を持っています。

「錦江湾の底びき網の漁獲物って、真っ赤なものが多いんですよ。正確には赤色のエビに銀色の魚が混ざる感じですね。海中では赤や黄色の光は吸収されやすく、見えにくくなります。青色や緑色の海では赤いエビは身を隠すことができるのです。生きもののかたち、色には全部、意味があるんです」

一見すると派手に見える赤色も、深海ではむしろ目立ちません。ナミクダヒゲエビの姿形は、錦江湾という環境に適応した結果なのです。これまでに1600種以上の魚介類を食してきた大富教授。生態の話になると子どものように目を輝かせて説明してくださいました。

錦江湾という、
世界でひとつの海

ナミクダヒゲエビがここでしか漁業として成り立たない理由には、錦江湾の特異な地形があります。

「内湾なのに、真ん中がカルデラ(火山活動により凹んだ地形)で一気に深くなる。こんな海は、日本でもここだけです」

火山活動によって形成された錦江湾は、湾でありながら水深200メートルを超える深海を持ちます。浅海と深海が隣り合うことで、他の地域では成立しない漁が可能になりました。

一般に、漁業は生産性の高い浅海で行われます。それは、深海では生きものの生息密度が低く、狙って獲るのは難しくなるから。それでも錦江湾では、ナミクダヒゲエビを狙った「トントコ網漁」が続いてきました。この漁は、15トン未満の漁船で袋状の網を使い、沿岸の海底近くをひいて魚やエビを獲る小型底びき網漁業の一種で、 鹿児島に古くから伝わる伝統的な漁法です。

「世界でここだけ、このエビを狙って生活している人がいるんです」

ナミクダヒゲエビは、鹿児島の自然と、人の営みが幾重にも重なり、積み上げた場所に生きているエビなのです。

この「トントコ」の語源には船底や船縁をトントンたたいてエビを追い込む、焼玉船がトントン音をさせるから…など諸説ありますが、大富先生が支持するのは「遠いところ」を指すという説。かつては人力で深海にまで網を下ろし、引き上げる、それはきっと「遠いところ」だったに違いありません。
トントコ網漁にも、ナミクダヒゲエビにも、錦江湾にも他では見られない豊かなストーリーが存在しています。


提供:鹿児島大学水産学部 大富 潤 教授

もう一つの主役、
ヒメアマエビ

ナミクダヒゲエビを狙うトントコ網漁では、実は他のエビも数多く獲れます。その一つがヒメアマエビです。甘みがあり、かき揚げやから揚げで人気のあるエビですが、獲れたては刺身や軍艦巻きで食べるのがおすすめ。

ヒメアマエビの軍艦巻き
提供:鹿児島大学水産学部 大富 潤 教授

鹿屋市の榮樂寿司みなと食堂、垂水市のたるみずはまびら道の駅のレストランなどの飲食店のほか、大隅では垂水市漁協の水産物販売所「とんとこ館」、鹿屋市のみなと市場、スーパーの魚売り場でも出会えることがあります。

かつて、このエビには名前すらありませんでした。小さなエビを指すシバエビ(芝エビ)などと呼ばれ、市場価値が低いので網に入っても海に戻されることが多かったのです。

「(海に戻される)ヒメアマエビを船の上で、生で食べてみたんです。感動的に美味しかった」

甘エビとしておなじみのホッコクアカエビのようにトロっとした食感と甘い味。その味に、大富教授は直感しました。

「これ、素揚げにして居酒屋に出せば、絶対に美味しいと思いました」

調べてみると、既存の種とは異なる和名のないエビであることが分かり、2009年に「ヒメアマエビ」と大富教授が命名。名前を得たそのエビは、初めて「語られる存在」になりました。

そして、ヒメアマエビは海に戻される存在から、商品へと変わっていきました。

「今まで海に戻していたもので、そんなにお金になるのかって、漁師が喜んでくれたんです」

売れないと分かっているから、海に戻す。
売れると分かれば、水揚げするようになる。

「とる責任と、食べる責任。SDGsで言えば、目標12ですね」

海と海の幸を残す
取り組み

このような流通していない、洋上の「もったいない」をなくすために、大富教授が2020年に立ち上げたのが「かごしま深海魚研究会」でした。

そこには「次世代の漁師を絶やさないため」、「次世代に海と海の幸を残す取り組みを行っています」と説明されています。その目的のもと生まれたのが「うんまか深海魚」というブランドでした。
※「うんまか深海魚」は国立大学法人鹿児島大学の商標です。

もちろんナミクダヒゲエビやヒメアマエビといった深海エビたちもうんまか深海魚です。

鹿屋市の榮樂寿司ではナミクダヒゲエビの握り、ヒメアマエビの軍艦をはじめとしたうんまか深海魚尽くしのお寿司が提供されています。垂水市の「たるみず畑」ではヒメアマエビを粉末状にした「とんとこ海老のスープ」が購入できます。そして垂水市漁協の水産物販売所「とんとこ館」では、漁があった日だけですが、獲れたてのナミクダヒゲエビやヒメアマエビの直売が行われています。

他にも錦江町の○我利多(マルガリータ)ではヒメアマエビの燻製を、垂水市の道の駅たるみずはまびらではヒメアマエビのから揚げのどんぶりが、鹿屋市のみなと食堂ではヒメアマエビのかき揚げを楽しむことができます。大隅では深海エビが生鮮・冷凍、料理、総菜、水産加工品の形で提供されています。

特にヒメアマエビは前述のように海に戻される水産物から漁師に喜ばれる水産物に変化しています。このように食の機会が広がったことは、かごしま深海魚研究会の洋上の「もったいない」をなくす取り組みの成果の一つでしょう。

このエビを、
どう食べるか

錦江湾にはナミクダヒゲエビやヒメアマエビといったおいしい深海エビが生息しています。

そしてこれらは地元の皆さんや「かごしま深海魚研究会」の活動もあり、次第に認知度が上がっています。

ナミクダヒゲエビだけでも、もちろんヒメアマエビだけでも、豊かな物語が存在しています。深海に暮らす生き物の特異な生態はもちろん、漁業従事者、トントコ網漁という伝統漁、そして取り扱うお店や食べる人たち……。その背景とともにこれらのエビを味わうことで、より深く楽しむことができるでしょう。

●出典:大富 潤著『九州発 食べる地魚図鑑』